BACK
連載コラム
ボタンを押して、BOOKMARKに追加できます。
BOOKMARKする

まちの仕掛け人vol.5 日本橋の老舗文化を伝えるコンシェルジュを目指す

活気にあふれ、いきいきしているまちには、必ずといっていいほどまちを元気にしている仕掛け人がいます。新しいアイデアと、豊かなコミュニケーション能力を駆使してまちを盛り上げている、そんな人物にスポットを当て、彼らの活動の一端をお話いただきました。
第5回目は、日本橋の老舗文化を愛し、老舗を巡るツアーを企画して自らガイドして歩き、閉店後のシャッターを浮世絵で飾った仕掛け人・川崎晴喜さんに登場していただきます。

川崎晴喜さん(日本橋めぐりの会代表)

1956年愛媛県生まれ。関西大学卒業。野村証券に27年勤務後、早期退職。
日本橋活性化フォーラム(2001-2007年)から独立・発展した日本橋めぐりの会代表。日本橋界隈のスポークスマンとして採算度外視で活動している。
歌川広重の大ファン。

広重への思い

私は四国の愛媛県生まれですが、父が船舶関係の仕事をしていたことで、小さい頃から寄港地のある土地、名古屋、広島、神戸を転々としました。大学は大阪の関西大学に進み、そこで世界最初のポップアートである浮世絵の魅力にはまったのです。

最初は葛飾北斎(1760-1849年)の大胆さに魅了されました。それに比べて歌川広重(1797-1858年)は線が甘くへたくそで、「名所江戸百景」は構図がおかしくて、画面も変だなと思っていたのです。その後、いろいろ調べてみると北斎は黒船を見ていない。つまり江戸が滅びると思っていないので、元気のよい線で描けているんだと気がつきました。

広重は黒船(1853年)を見て驚き、安政の大火(1855年)で江戸が丸焼けになった後に、119枚も続く連作の「名所江戸百景」に取り組んでいます。実際には消え去った風景ですが、彼は想い出の場所を描いていたんだと思ったとたんに好きになったのです。その証拠に、浜離宮やお台場を描いているのに、黒船も大砲も描かれていません。北斎なら絶対に描くと思います。だって江戸幕府始まって以来の大事件ですから。

晩年の10年間、京橋に住んだ広重は、最後の3年間死ぬまで「名所江戸百景」を描き続けました。鎌倉時代から約700年続いた武士の時代が終わろうとする大きな時代の節目に遭遇してしまった広重は、タイムカプセルとして今はもういない友達と過ごした思い出の江戸の風景を浮世絵の中に残そうとしたのです。

会社時代に始めたまち歩き

大学卒業後、日本橋の野村証券本社に勤めました。大好きな広重が晩年を過ごした界隈にようやく来たんだ、という感慨がありました。第一線でばりばり仕事をしていたのですが、激務がたたり、突然急性肝炎で入院。その後は厚生・総務畑に移動になりました。

体にはいいのですが、気持ちの興奮はおさまらない。そこで「何かしなくては」と、社員の健康増進の為にウォーキング教室を始めました。ところが参加者ゼロ。どうしたら来るのかと聞いて回ったら「おいしいものが食べられて、ちゃんとした説明をしかるべき人から聞けるなら参加する」ということでした。ならば、まちをよく知るタウン誌の編集長に解説者をしてもらい、ご当地グルメを探訪しようと方針を変更しました。こうして編集長と歩くウォーキングご当地グルメツア-を企画したところ、大人気になりました。

そんなことをしているうちに、野村証券本社のある日本橋の老舗の旦那衆たちとも顔見知りになっていきました。私は就職して初めて日本橋に来たのですが、びっくりしたのは、地元の人やタウン誌の仕事をしている人よりも、江戸時代のこの界隈に関しては、私のほうがよく知っていたのです。浮世絵好きが高じて江戸文化に関してはオタク的に調べていましたからね。そんなことで、野村に在籍しながらスタートした日本橋めぐりツアーをホームページに出すうちに、いろいろなところからオファーがくるようになりました。100年以上続く日本橋界隈の老舗200店舗の旦那やおかみさんと20年以上挨拶を交わし続けている会社員というのは、当時私ぐらいしかいませんでしたからね。

2005年にNHKの「小さな旅」という番組に出たのですが、その時は野村のバッチをつけ、ネクタイを締めて老舗と交渉している私の姿が映し出されました。

会社を辞めてまでやりたかった

2006年に27年間勤めた野村証券を、早期退職しました。第一の理由は、高速道路移転の話が出て、野村証券の本社が大手町に移ることになり、これまでのように老舗の旦那衆とお付き合いができなくなることでした。こうなったら本格的にツアーの企画をやろうと思ったのです。周りから、そんなバカなことはやめとけと言われました。そのときすでに両親と女房と子供2人の6人暮らしでしたから、世間から見たら無茶をしましたね。

お客さんからは、食事なしの参加費100円のみをいただき、老舗を巡って歩く「日本橋老舗リレーツアー」は、2004年の9月、当時は週1回木曜日の午前中のみ4店舗からスタートしました。老舗の旦那さんや店長が自分の店を紹介した後、次の店までお客様を案内し、バトン代わりの提灯をリレーしていく、というスタイルです。参加者のみなさんには、お得意様の雰囲気を味わっていただきます。そのうちに旦那方が忙しくていないことも多々出てきたので、私達めぐりの会のアクティブガイドがお客様を案内する現在のスタイルになりました。
「日本橋老舗リレーツアー」は、私が自腹を切ってでも行きたいところを選んでいるので、どれも人気です。平日の月~金、毎月3週間の11:00~14:30にかけて、ランチやティータイムも含め5か所の老舗を巡ります。老舗の総計は82か所、15種類のコースが用意されていますから、一度参加されると、他のコースにも参加したいというお客様が多く、リピーターが多いものこのツアーの特徴です。

たとえば「日本橋両岸の味と技」というコースでは、日本橋三越ライオン口から出発して、まず江戸前寿司の老舗・蛇の市本店で伝統の江戸前寿司を味わっていただきます。手作りの生酢のみで作るガリは江戸前の味。その辛さを味わった後は、皇室特注筆と岩絵の具の老舗・有便堂へ。旦那さんから店の歴史や商品の解説があり、美人のおかみさんと会話を楽しむこともできます。次に貝紫という珍しい染め織の老舗・夢紫美術館に移動、専務さんから貝紫について説明を受け、見事な作品を手に取ってみることができます。続いては、漆器を扱って320年の老舗・黒江屋へ。全国の漆器を一堂に見ることができ、掘り出し物もあるので、ついつい財布の紐が緩んできます。最後は152年続く江戸菓子の老舗・榮太樓總本鋪へ。店先には幕末に当時の店主が求めたという珍しい佐渡の赤玉石が置かれ、その由来を店長から聞きながら店内へ。江戸時代の菓子作りのようすを描いた絵の解説を聞いた後は、和菓子とお茶をいただき、解散となります。

3時間ちょっとの小旅行ですが、みなさんとても満足されています。参加費はお一人様3900円ですが、ランチやお茶やスイーツがついていますし、各店からのお土産もありますから、とてもリーズナブルなツアーだと思います。

どのお店からも売り上げのキックバックはいただいていないので、運営は月7~8万円の赤字ですが、30数件の老舗の方からカンパをいただいて、なんとかがんばっています。参加費が5000円にできれば採算がとれるのですが、女房に聞くと、それじゃあお客様が来たがらないし、私も行かない(笑)と言われたのでこの値段にしています(涙!?)。

日本橋老舗リレーツアーのようす。
提灯を片手にお客さんを先導するのが川崎さん

男前の江戸前寿司「蛇の市本店」で昼食

筆、和紙顔料などの書画用品をあつかう「有便堂」。大正元年に風呂敷外商から始め、日本橋に店を構えたのが戦後の昭和21年。

「夢紫美術館」の大旦那が、貝紫染めについて解説

漆器を扱って320年の老舗「黒江屋」さんで器選び

152年の歴史がある江戸菓子の老舗・榮太樓總本鋪。
総業当時の菓子製造のようすが描かれた絵。
季節の和菓子とお茶でほっと一息

大好きな浮世絵をまちのシンボルに

まちの人たちと話しているうちに、さまざまなプロジェクトが生まれます。「シャッターチャンスプロジェクト」もそのひとつです。

江戸幕府開府以来400年の経済と文化の中心地として栄えてきた日本橋ですが、まちの活気はなくなっています。創業100年以上続く老舗や上場企業を合わせると、いまでも400社以上が本店を構えているのですから、こうした日本橋の潜在能力をうまく活用できないかと考えたのがこのプロジェクトです。

広重が暮らしていた京橋・日本橋界隈には、本来なら広重記念館とか広重美術館があってしかるべきですが、なぜだかありません。それならせめて閉店後のシャッターに浮世絵を描いて、江戸情緒を楽しんでもらってはどうかと思いついたのです。

構想から2年目の2007年、ようやくオーケーが出て、左官こてと刃物の老舗・西勘本店のシャッターに歌川広重の「京都三条大橋」の絵を描かせていただきました。若手の日本画家・福永明子さんによるものですが、作品のあまりの素晴らしさに、以来ぞくぞくと注文がきました。これまでに実現したのが14店舗。今年度(2009年)は、東京都や中央区から補助金が出ることになり、さらに10作品を増やす予定です。ホームページ(www.nihonbashi-meguri.com/)で随時経過報告を掲載していますので、ぜひチェックしてみてください。完成したらライトアップして、浮世絵をめぐるツアーも考えています。

西勘本店
歌川広重「東海道五十三次 京都 三条大橋」

日本橋東洋
歌川広重「東海道五十三次 日本橋朝の景」完成写真(上)と画家・福永明子さんによる制作風景(下)

海老屋美術店
東洲斎写楽「市川蝦蔵の竹村定之進」

こちらのおすすめ記事もいかがですか?