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連載コラム
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わたしを巡る風景vol.3 三谷徹さん 千葉大学大学院園芸学研究科・園芸学部准教授

人々の暮らしの空間を豊かに彩るランドスケープデザイン。この連載では、ランドスケープデザインに第一線で関わっている専門家の方々に、ご自身の景観にまつわるお話を伺います。
第三回目は、大学で教鞭をとるかたわら、著名な建築家と組んで次々と話題作を発表しているランドスケープアーキテクトの三谷徹さんです。

千葉大学大学院園芸学研究科・園芸学部准教授
三谷 徹
(みたに とおる)

ランドスケープアーキテクト。1960年、静岡県沼津市出身。ハーバード大学大学院ランドスケープ・アーキテクチュア修士修了。東京大学大学院建築学専攻博士(工学)取得。ピーター・ウォーカー&マーサ・シュワルツ事務所、ササキエンバイロメントデザインオフィス、滋賀県立大学を経て現在、千葉大学大学院園芸学研究科准教授。オンサイト計画設計事務所とともに設計活動をする。主な作品に、「風の丘」(1997年)、「品川セントラルガーデン」(2003年)、「Honda和光ビルランドスケープ」(2005年)、「島根県立古代出雲歴史博物館」(2007年)など。著書・訳書に『風景を読む旅』(丸善)、『アースワークの地平』(鹿島出版会)、『モダンランドスケープアーキテクチュア』(鹿島出版会)など。

――ランドスケープアーキテクトという職業を選んだ理由をお聞かせください

僕は東大の香山壽夫(こうやまひさお)研究室で建築出身なのですが、アメリカ留学を考えていたちょうどそのとき、ランドスケープアーキテクトの上山良子さんがアメリカのローレンス・ハルプリンの事務所から日本に帰ってきて事務所を開設しようとしていました。彼女から「三谷くん、ランドスケープデザインがいいわよ」とアドバイスをいただきました。香山先生も同じような意見でした。先生は「建築の大地の上でのあり方や、森との関係」について特に関心をもっておられたし、僕自身もその頃の建築に辟易していたところがあったんですね。時代はポストモダン隆盛で、その旗手と呼ばれた建築家たちの自己言及の仕方、自己撞着(じこどうちゃく)の仕方がものすごく閉塞的に思えた。そんなこともあって、自分はちょっと違う角度から建築を見たいと思っていたところだったので、あまり調べもしないで、ハーバード大学大学院でランドスケープデザインを学ぶことになったのです。そしたらぜんぜん建築じゃなかった(笑)。ランドスケープデザインはエコロジーをベースにした領域ですからね。

ハーバードではポストモダンをやるような学生は叩かれました。実は僕もそういうクセがしみついていたのでしょう、先生に作品をみてもらえなくなりました。そのころの僕には他の学生の作品はあまりに素朴で稚拙に見えたのです。そんなことで最初の一年は、何が評価されて何が評価されないのかよくわからないままでした。2年目ぐらいからやっと、環境づくりにおける根本的な視点が違うのではないか、と気づき始めた。彼らは普通にまじめに考えていて、それがとっても本質的なんだということです。卒業して働くうちに先生が言っていたことがなるほどそうだったのかと思い、そのころからランドスケープデザインがおもしろくなってきました。

――最近実現したランドスケープ作品について

最近作は島根県立古代出雲歴史博物館(2007年3月開館)と銀座のニコラス・G・ハイエック.センター(2007年5月竣工)のランドスケープデザインです。

出雲は建築家の槇文彦(まきふみひこ)さんと組んだオーソドックスな仕事です。博物館は出雲大社の東側に位置し、出雲大社をかかえている山並みが背景にそびえています。この山を主役にしようと、博物館の建物を敷地ぎりぎりまで横側に寄せて、手前のオープンスペースを広く取ることにしました。その結果博物館へのアプローチは、広々とした空間に列植されたカツラの細長い道を、山懐にむかって進んでいくような詩情あふれた風景になりました。やり過ぎたかなと思うほど、何もデザインしたものは置かなかったのです。完成したときに博物館の方があまりの殺風景さに、もう少し木を植えたいと言ったくらいでしたが、人がそこを歩くようになると、空間のスケール感が出てきてちょうどよくなりました。

一方ニコラス・G・ハイエック.センターのほうは建築家の坂茂(ばんしげる)さんと組んだ商業施設です。商業施設は高いデザインクオリティが求められ、インテリアデザインに近い仕事になりました。一般的には、建築緑化といわれやすいのですが、新しい都市型の庭というテーマを見つめてみました。

2007年3月に出雲大社の東側隣接地にオープンした「島根県立古代出雲歴史博物館」。博物館正面入口へ続くアプローチはカツラの並木道で、長さは出雲大社の階段と同じ110メートル。
雨の日は、建物の背景に出雲の>山並みがかすんで見え、幻想的で神秘的な風景となる
芝とペイブのシンプルなデザイン

――現在進行中の仕事について

これまでは都会相手の仕事が多かったのですが、最近は山の中の仕事を、環境健康学の先生たちと一緒にやっています。かつて「森林浴」と呼ばれたものが、医学的検証を進め心身疾患に有効であることがわかったので、最近は「森林セラピー」という言い方で、森の中を散策することが奨励されています。その散策のためのトレイルのデザインを頼まれています。森林そのものの質が問われ、林野庁の認定を受けなければなりません。いま現在全国に20カ所近くのトレイルができつつあります。実際には心身疾患の人ばかりでなく、一般の人たちにとっても人気があるということで、自治体も本腰を入れ始めたようです。

もう一つは、つくばエクスプレス線「柏の葉キャンパス駅」の駅前のデザインです。たくさんの人が関わって合議的にやっている都市づくりなので難しい面もありますが、街の運営までデザインしていこうという意欲的なものです。都市計画の北沢猛(きたざわたける)さん、建築の栗生明(くりゅうあきら)さん、團紀彦(だんのりひこ)さん、竹山聖(たけやませい)さんなどに加えて、アーティストも参入し、プランニングからデザインまで一貫してデザイナーがみていくというこれまでにない試みを実践しています。具体的には、委員会で都市づくりの方向づけをし、ルール作りやデザイナーの選定だけでなく、自分たちもメンバーとして最後まで参加するやり方なので、デザインのクオリティが首尾一貫したものになるでしょう。この一帯は「キャンパスシティ」がコンセプトですから、学園都市的なものを表現するよう努めています。僕の仕事としては駅前広場やバス停が完成したところです。バス停は鉄骨造で一枚の紙を折ったようなバスシェルターをつくりました。あわせてパンチングメタルを使ったシンプルなポール灯もデザインしたりしています。

柏の葉キャンパス駅前の、三谷氏がデザインしたバス停。
一枚の紙を折ったようなバスシェルター。

――この先やってみたい仕事は?

やはり土木的な大きなものですかね。土木の篠原修(しのはらおさむ)先生が河川景観の研究をされていた頃、親水公園などをデザインする人が現れたけれど、僕は川の土手が単純につながっている日本の治水の風景が好きだなと思ったのです。ヨーロッパやアメリカは洪水が少ないので水面が近く、みんなあれを見ていいなあと思って親水を高めようと土手をいじるんですけど、お化粧みたいでよくない。ある時代が築き上げた技術の力と、技術がもたらす造形美に敬意を表したい、日本は日本のあり方があっていいのではないか、なんてことを土木に進まれた内藤廣(ないとうひろし)さんと話したことがあります。そういうスケール感のある仕事をしてみたいですね。技術が自然とぶつかり合ったときに出てくる形を素直に空間化できたらおもしろいな、と思っています。実際となるとためらってしまうかも。苦労だけしそうですからね(笑)。

――最後に三谷さんの原風景は?

最近「原風景」を聞かれることが多くなりました。「原風景」といっていいかどうかわかりませんが、影響を受けた風景はいろいろあります。学生時代にアースワークを見て回ったことや、遺跡を見たことですかね。旅行もなぜか遺跡めぐりが多い。把握できないスケール感に入ったときに感じる風景。「幸せな孤独感」ってあるじゃないですか。寂しいんだけど悲しくない、そんな風景はいいですね。LDSE(landscape design student exhibition)という学生の作品展があるのですが、出品されている提案をみると、みんな健康的で前向きな解決案型が多い。僕らが学生の時代はネガティブな提案も多かった。プレゼンも暗い感じのもとのか、提案されている空間自体が孤独感に満ちたものだったり、アナーキーだったり。また、そういったものを評価する土壌がありました。特に80年代はペレストロイカで自由になったロシアの学生たちがコンペなどでよく発信した時代があり、寂しさ暗さが漂う絵が描かれているのですが、どんな空間をつくりたいのかはよく伝わってくるのです。そういう意味で、今の学生の世界観が前向き健康型に偏っているといえるかもしれませんね。

実際に依頼される仕事は、健康的な付加価値をつけて高く売れるものをつくってほしいというものですから、そういった中で「幸せな孤独感」なるものをどう展開するかは難しいのですが、そっと後ろにそういったものを忍ばせておきたいとは思っています。

三谷氏の心象風景となっている70年代のアートや風景

美術家ナンシー・ホルトが70年代につくった「サン・トンネル」という作品。ユタ州の荒野に置かれたヒューム管が、アメリカ西部の大地のスケールと天体の動きを映し出す(撮影、三谷徹、1987年)

カリフォルニア州アルタモントパスの風力発電。70年代のエネルギー危機の観点から、風力発電のさまざまなプロジェクトが試されている。(撮影、三谷徹、1992年)

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