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連載コラム
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建築科研究vol.21 東洋大学理工学部建築学科(前編) 工藤和美

文・構成・写真:大西正紀(mosaki)

すべての学生に可能性を与える新しい建築教育を目指して

東京・池袋駅から約40分、最寄りの鶴ヶ島駅から10分ほど歩いたところにある東洋大学川越キャンパス。ここに東洋大学理工学部建築学科(以後、東洋大建築と表記)の校舎は建っている。東洋大建築といえば、近年大きく話題となったのが「鶴ヶ島プロジェクト」。ひとつの設計課題を大学生、市民、行政が一体となり、ワークショップ形式で進めていくというものだ。これまでにない画期的な設計教育の形として、この数年で最も注目を集めたプロジェクトといっても過言ではないだろう。このような新しい試みを実践できる裏には、「今」に対するどのような分析があるのだろうか。今回は、プロフェッサー・アーキテクトとして、設計教育の中心にいる東洋大学教授の工藤和美さんにお話をうかがった。

理想の建築を求め、海外留学、そして原研究室へ

九州の福岡で育った工藤さん。もともとはファインアートを目指していたが、やがて目標を建築に変え、自然と東京の大学を受験したという。いくつもの大学を受けた。建築にはデザインするだけではなく、プロデュースするという道もあることを知り、横浜国立大学の建築学科だけではなく、慶応大学の経済学部も受けていた。結果、両方に合格したが、最後はデザインをやりたいという想いと共に、横浜国立大学を選んだ。
 入学すると、すぐにある留学システムを知り、興味がわいた。「イアエステ」というもので、年間に百名近い全国の理科系学生を日本と海外で交換するというものだった。まだ「インターンシップ」という言葉もない時代、工藤さんは2年生になると留学のための試験をクリアし、3年生のときにスイスへ行くチャンスを掴む。1983年の夏だった。

2012年12月19日、東洋大学の工藤研究室で話をうかがった。 2012年12月19日、東洋大学の工藤研究室で話をうかがった。

「ヨーロッパにはインターンシップなんて普通にありましたが、まだ日本にはない時代でした。3年生のとき、私はスイスのチューリッヒに滞在して、そのときは2ヶ月近く働きました。その後は、帰国する前に、バックパッカーでヨーロッパを一周したんです。もちろんその頃なんて、今のレム・コールハースやヘルツォーク・ド・ムーロンに代表されるような現代建築なんてない時代ですから、色んな歴史的建築を見て回っていましたね。旅をしながら、純粋に建築の面白さに引き込まれました。」

帰国してまもなく、将来のことを考えた。当時は、女性の就職が難しい時代で、その難しさともう一度留学したいという想いの間で揺れていたとき、たまたま先輩から声をかけてもらった。それが、東京大学原研究室で行っていた、グラーツのプロジェクトのお手伝いだった。

「六本木にあった生産技術研究所へ誘われるがまま行ってみると、いろんな大学からたくさんの学生たちが来ていました。厳しいけれども、こんなにも面白い世界があるのだなと思いました。そこで、原研究室は東大以外の学生も大学院生として取るということを知りました。まだ、私は就職が留学か迷っていましたが、そこではじめて日本の大学院への進学を考えたんです。結局、そこで出逢った人たちにもたくさん支えられて、一生懸命勉強して受かることができました。もちろん原先生のことは、ずっと知っていましたが、まさか自分が行ける世界だとは、思ってもいませんでした。
 けど、一方でイアエステでもう一度留学したいということで、併願していたんです。そうしたら、こっちも受かった。だから、大学院に入ると原先生にお願いして、M1の夏から12月までを、今度はオランダでインターンとして働かせてもらいました。この時は、以前よりも本格的な仕事だったので、とてもいい経験になりました。」

大学院に入ってしばらくして、1986年に同じ研究室にいた6名(伊藤恭行・工藤和美・小泉雅生・小嶋一浩・堀場弘・日色真帆)でシーラカンスを創設し、設計活動をはじめた。工藤さんは、その後もドクターとして研究室に在籍し、原研究室のプロジェクトを引っ張っていたが、原先生から、より設計に専念すべきだとの助言もあり、やがてシーラカンスとしての設計活動に専念するようになっていった。1995年に竣工した「打瀬小学校」では、日本建築学会賞・作品賞を受賞することとなる。

工藤 和美(くどう かずみ)シーラカンスK&H代表取締役/東洋大学建築学科教授
シーラカンスK&H代表取締役/東洋大学建築学科教授工藤 和美(くどう かずみ)

1960年、福岡市出身。1983年及び1985年、IAESTEスイス研修留学。1985年、横浜国立大学建築学科卒業。1986年、シーラカンスを共同で設立。1987年、東京大学大学院修士課程修了。1991年、東京大学大学院博士課程修了。1998年、シーラカンスK&Hに改組。 現在、代表取締役/東洋大学建築学科教授。

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