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連載コラム
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建築科研究vol.16 武蔵野美術大学建築学科〈後編〉 宮下勇

文:田中元子(mosaki)構成・写真:大西正紀(mosaki)

キャンパスはギャラリーであり教材である

宮下さんは、学部を卒業後、武蔵美術大学(以後、"武蔵美"と表記)で出会った竹山実氏のもとでの約10年間の勤務を経て独立。北海道の地で設計活動をはじめることとなる。そして、それから約15年、1995年に今度は、教員として母校のキャンパスへ戻ってきた。

「竹山先生の仕事の関係で、北海道で勤めることになり、そのまま北海道で独立して設計活動をしていました。もうずいぶん大学を離れていましたから、戻ってみたら、キャンパスの風景はすっかり変わっていました。僕らが学生だったころは、芦原先生が設計された4号館とプレハブの教室で学んでいて、当時の資料図書館の向こうには富士山が見えていましたからね。突然、お話をいただいて、その2週間日後には着任して、すぐに授業に取り組んだことを今でも記憶しています。」

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変貌したキャンパス。しかし、このキャンパスにこそ武蔵美の教育理念がこめられていると、インタビューの途中でキャンパス全体を案内していただいた。これまでの取材でもこのように対応していただいたことは、はじめてだった。

左:正門から入り、1号館の一階ピロティを抜けると向こうには広場、そして美術館が見える。 右:広場から右手(北側)を見ると7号館が見える。これも芦原義信氏、設計によるもの。代表作「ソニービル」に見られるようなスキップフロアを見ることができる。この校舎の裏手にある8号館に建築学科は拠点を構えている。 左:正門から入り、1号館の一階ピロティを抜けると向こうには広場、そして美術館が見える。
右:広場から右手(北側)を見ると7号館が見える。これも芦原義信氏、設計によるもの。代表作「ソニービル」に見られるようなスキップフロアを見ることができる。この校舎の裏手にある8号館に建築学科は拠点を構えている。

「まず、キャンパス計画において、芦原義信先生がまずつくったのが、正門から入りまっすぐに伸びる軸線でした。正門から事務棟の一号館をくぐるようにして、美術館へと続いています。僕らが学生のころ、この美術館は資料図書館でした。さらにこの軸を基準に南側が油絵や彫刻などのファインアート系、北側がデザイン系となっています。そして、もっともこのキャンパスのエポックとして存在し続けているのが、芦原先生が設計された4号館なのです。」

4号館一階のピロティ。上階から降りてくる螺旋階段からは、上階のプラザごしに自然光が落ちる。 4号館一階のピロティ。上階から降りてくる螺旋階段からは、上階のプラザごしに自然光が落ちる。

この4号館は、とてもユニークな構成だ。まず軸線上の広場からグランドレベルでつながる一階部分はピロティとし、無数の教室が上部に浮いている。授業の合間の休み時間になると、ところどころに見える螺旋階段を学生たちが上下に行き交い、ピロティは学生たちで溢れかえる。螺旋階段をのぼってみるとそこには小規模な広場(プラザ)があり、そこから3つの教室にアクセスできる。まさに人と人が出会わずにはいられない仕掛けがいたるところに散りばめられている。ここはすべての学科の学生が使うそうだ。それだけでもなんともワクワクする建物である。

軸線上の広場の南側に配された4号館。下のピロティに集う学生たちと上部に浮かぶ教室群。 軸線上の広場の南側に配された4号館。下のピロティに集う学生たちと上部に浮かぶ教室群。

「この建物は、建設から約40年が経ち、いろいろな問題が出てきました。そこで、学内外でさまざまな議論がされたのですが、結果として改修しリニューアルしました。主に独立していた基礎をすべて繋げて、耐震的な改修を行いました。今では、ピロティに新しいパン屋さんが入って、お昼時は長蛇の列ができています。いつでもこうして学生が集っているでしょう。やはりこの建物は、大学の記念碑的存在ですよね。このキャンパスの核として残って良かったと思います。」

芦原義信氏がつくりあげたキャンパスの軸線と核となる諸施設、そこに付随していくように、その都度、建築学科で教鞭をとってきたプロフェッサーアーキテクトたちが、校舎をひとつひとつ設計していったという。しかし、ぐるっとキャンパスをまわってみると、4号館で感じた人や物事との出会いにワクワクするような感覚をどこでも持ててしまうことに驚いた。新しく校舎を建てる際のルールまでも、芦原氏はマスタープランの中で示したのだろうか。宮下さんからの答えはまったく予想外だった。

「特に校舎を設計する際のルールは、なかったのだと思います。その時その時で、設計する人たちが自然と芦原先生の意志を受け継いできたのでしょう。それは、武蔵美にとって外の空間がとても大事だということにもつながります。どの学科も基本的には、みな外で作業をします。だから、外のような内のような空間がとても重要になってくるのですね。結果として、こうしてキャンパス内を巡っていると、キャンパス全体がギャラリーのようです。さまざまな制作活動を行う学生の姿を見ることができ、学生たちも見てもらうことができる。キャンパス、校舎のなかには、いたるところに小さな広場や舞台になりそうな空間があって、それも学生たちを誘発させます。だから、いたるところで学科を越えた学生同士、学生と先生が出会うようになっている。それこそ武蔵美がつくりたかったものであり、今でも受け継がれてきているのです。」

5号館の裏手にまわると植物がうっそうと生い茂っていた。「ここに生えている植物たちもすべて、絵を描くためのものです。校舎も外部空間も含めてキャンパス全体が教材なのですね」と宮下さん。 5号館の裏手にまわると植物がうっそうと生い茂っていた。「ここに生えている植物たちもすべて、絵を描くためのものです。校舎も外部空間も含めてキャンパス全体が教材なのですね」と宮下さん。

こうして新陳代謝を繰り返すキャンパスで、今、国内外から注目を集めているのが、新しく建設された図書館。設計は、若手建築家の藤本壮介氏だ。もともと芦原氏の設計による資料図書館 (1967年竣工)があったが、機能的な面でも無理があり、大学創立80周年に合わせて新しく建設することとなったという。

「芦原先生が着任され、キャンパスのマスタープランを計画されてから、基本的に新しく建てられてきた校舎の多くは、建築学科の先生たちが行ってきました。しかし、一方で武蔵美はあらゆることにおいて、常に新しい「エネルギー」を入れることを続けています。だから、今回は、これから建築界をひっぱっていくような若い人にお願いしようと、コンペの結果、藤本さんにお願いすることになったわけです。」

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