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連載コラム
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建築科研究vol.14 東京理科大学理工学部建築学科〈後編〉 小嶋一浩

文・構成・写真:大西正紀(mosaki)

モチベーションを高め続ける

京都大学での悶々とした学部生時代を脱出するように東京へ出てきた小嶋一浩さんは、東京大学大学院で出会ったプロフェッサーアーキテクト、原広司氏との出会いによって、一気に建築家への道をドライブさせた。そして、独立も間もなく大学で教職につくこととなる。ひとりの建築家として設計活動を行いながら、大学で教育を行うことは、並大抵のパワーではなしえない。しかし、小嶋さんは、怒濤の建築教育改革を行っていった。その根本にある想いは何なのか、実際の具体的な試みのなかから紐解いていく。

それは突然のことだったという。1994年、小嶋さんは35歳のときだった。それまで非常勤講師としても勤めたこともなく、縁のなかった東京理科大学理工学部建築学科から、設計教育のために、就任してほしいとの依頼を受けた。直接、話をした初見学教授から言われたことは、ひとりでもいいから、一線に立つ建築家を育ててください、ということだけ。実はそのときは、長く勤めることは想定していなかった。だから、小嶋さんは、最初の5年間トライしてみて、もし駄目だったら辞めてもいいですかと言ったという。いいですよ、と答えた初見教授。しかし、ここから17年に渡る建築教育の改革がはじまることになる。

小嶋一浩

「よく一年生の最初の授業では、大学の先生と高校の先生は違うんだという話をしていました。高校の先生は教えるプロ。だから、学生みんなのサポートをする。けれど、大学の先生は教えるプロではない。ある分野の専門家になった人が、その延長で教える機会を得ただけなんだと。だから、君たちに対して、いちいちどうしているか気配りなんてしないし、学校に来ないやつはほったらかしです、と。その上で、学生たちのモチベーションを上げたいと思った理由は、ただ単に、自分が大学という場所に関わっていくのであれば、眼を輝かせているような面白い人たちと付き合っていきたいと思ったからです。じゃあ、具体的に何を変えていくか。まず一年生では、入学早々から、いきなり基礎をはじめてしまっては、理屈ばかりで面白くない。だから、一番面白いところからはじめたいと考えました。」

例えば、就任した年の一年生対象の講義の最初には、「いい建築・悪い建築」について、教えたのだという。当時は、東京都庁舎が竣工した直後。そこで小嶋さんは、その建物を「悪い建築」として、とりあげ学生に説明した。おそらく、他の大学でも、先生と学生、学生同士の間で、「いい建築・悪い建築」について、議論が交わされることは日常であろう。しかし、それが一つの講義の中で説明されたり、ましてやそのようなことが一年生を対象に行われたという事実は、この他に聞いたことがない。そこをあえて、小嶋さんは、大勢の学生の目の前で、「いい建築・悪い建築」というシンプルでストレートな問いに応えていく。もちろん「悪い建築」をけなすのではなく、大きなリスペクトを持った上で。

「建築学科に入ってきたばかりの一年生の学生たちのほとんどは、例えば、都庁のようなタワービルとか空港や劇場といった大きな建物をつくることが偉い、と思いがちだと感じました。だから、まずそうではないことを最初に伝えるべきだと思ったのです。東京都庁舎を「悪い建築」とし、御茶ノ水に建つセンチュリータワー(設計:ノーマン・フォスター)を「いい建築」に。東京芸術劇場を「悪い建築」とし、パリのポンピドゥーセンター(設計:レンゾ・ピアノ、リチャード・ロジャース)は「いい建築」に。羽田空港や成田空港を「悪い建築」とし、シャルル・ド・ゴール空港(設計:ポール・アンドリュー)やスタンテッド・ロンドン第三空港(設計:ノーマン・フォスター)を「いい建築」とする。対比的に○と×について視点をはっきりさえた上で話していくのです。都庁舎の対比例ならオフィス基準階に対する建築家の提案があるかどうかといったこと。もちろん「いい・悪い」ということの対象はたくさんありますが、ここで最も大事なのは、「いい・悪い」という価値観をどう自分のなかでつくっていくかということなのです。
 さらに、建築とは、例え敷地が同じ大きさで隣り合っていたとしても、同じものは絶対に建てることができない。だからこそ、その答えが無限にある。それ故、建築というジャンルが楽しく素晴らしいものだと伝えていきました。」

さらに一年生に対する新しい試みは続く。多くの大学が、建築の初等教育として必ずといっていいほど導入している「図学」の授業を一切やめて、図面の描き方などは二年生の科目へと移動させた。そう突き動かしたものは、小嶋さん自らが、これまで建築の設計に携わりながら、何を一番面白いと感じているか、そのことを伝えたいという一心に他ならない。ホルダーと定規を持って「図学」に取り組ませるのではなく、そのとき小嶋さんが持ってきたのは、段ボールとカッターだった。

左・右:課題「光の空間」の学生たちの作品例。さまざまな光の取り込み方を事例を通し学びながら、実際に自らの手を動かして模型で空間の中の光の取り込み方をスタディーしていく。最終的につくられた作品は、空間と光が呼応し合っていて、大学へ入学してからわずか二ヶ月の作品とは思えないほどの出来映えだ。 左・右:課題「光の空間」の学生たちの作品例。さまざまな光の取り込み方を事例を通し学びながら、実際に自らの手を動かして模型で空間の中の光の取り込み方をスタディーしていく。最終的につくられた作品は、空間と光が呼応し合っていて、大学へ入学してからわずか二ヶ月の作品とは思えないほどの出来映えだ。

「最初にいきなり、段ボール箱に孔をあけることで、「光の空間」をつくらせるのです。基本的には、中学までの図画工作と同じですよね。だって、段ボールとカッターだけですからね。けれど、これまでと変わらない材料と道具で、どれだけ素敵な光の空間が作れるかということに、皆でトライする。もちろん「光」というテーマに付随させて、さまざまな知識を投げかけていきます。例えば、ル・コルビュジエのラトゥーレット修道院の見えない面にだけ色がついている、壁に斜めに穿たれた窓のことやフランク・ゲーリーやスティーブン・ホールの光の取り込み方をスライドで見せて、どんな技をつかっているのか説明しながら、まずはマネをしてみようというところからやります。そうすると、初めての課題とはいえ、かなり高度なことができるわけです。その時点で、多くの学生は、窓は壁に四角や丸の孔を切り取って開けるものだけではなくて、立体的に光を取り入れることだということを体感的に理解します。この課題は、4月にはじまって、5月の終わりには講評会を行う。最初の2ヶ月で、"空間をつくる"ということの面白さを、少しでも掴む手がかりになったらと思います。
 さらに、このときの提出物は、その段ボールでつくられた模型ではなく、一眼レフでその作品を撮影したものにしています。入学して間もない段階で、一眼レフのカメラの使い方も一通り教えてしまう。全員にカメラを覗かせてあげて、絞りの設定を変えると、どう写真が変わるのかを体験させる。最後に、撮影したものをマウントされたスライドで提出してもらいます。自動的に光を調整してしまうデジカメで撮影して、インクジェットでプリントアウトでは、そこに楽しみも感動もありません。」


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