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連載コラム
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建築科研究vol.7 坂本一成と東京工業大学<前編> 建築教育の時代的変遷

谷口吉郎からはじまり、清家清、篠原一男、坂本一成、アトリエ・ワン/塚本由晴+貝島桃代、そして、近年台頭がめざましい藤村龍至、長谷川豪といった若手に至るまで、東京工業大学(以下、東工大と表記)出身の建築家たちが日本の現代建築史、住宅史をたどる上で果たしてきた役割がどれだけ大きなものかということは言うまでもない。東工大の建築カラーと、それを生み出した建築教育の背景とはどのようなものだろうか。今回は、昨年退官された坂本一成研究室の一期生で、入学以来30年近く大学に身を置き、プロフェッサーアーキテクトとして大学の建築教育を見守り続けてきた奥山信一さん(建築家/同大学准教授)に話をうかがった。

時代に生まれた東京工業大学

東工大は2011年に創立から130周年を迎える。前身の工業学校の際には建築学科はなかったが、1929年に東京工業大学へ昇格されると他の7学科と共に建築学科が設置された。時を同じくして東京帝国大学を卒業したばかりの25歳の谷口吉郎が東工大へ講師として招かれる。

「当時は欧米に比べて工学の分野が圧倒的に遅れていたので、工学部というのは国策としてつくられたようです。造船や機械、航空工学などの工学系は、軍事産業が絡んでいたという背景もあります。その中に建築もあったわけですね。しかし、欧米では建築は工学系ではない。きわめて美術系で建築学部というものが独立していて、そこでは見識のあるアーキテクトが倫理観や社会的使命を踏まえたデザイナーを育成する教育がされています。いわゆる構造やエンジニアリングは別のセクションなんですね。だから日本のようにほとんどが工学部の中に建築学科が入っている大学のあり方は世界的には特殊なのです。」

建築学科が工学系に位置づけられていたこともあって、当時の東工大学内の主流の一つは構造系にあった。その影響もあって、意外かもしれないが、意匠の教員として招かれた谷口吉郎の学位論文の内容は風洞実験だったという。その谷口は東工大での教職について間もなく、国の命を受け戦前のベルリンへ出張。目的は日本大使館の日本庭園造園のためで、間接的に時のヒトラーにも接見したと言われている。

谷口のドイツ紀行がまとめられた「雪あかり日記」とヨーロッパ紀行がまとめられた「せせらぎ日記」

「谷口吉郎先生の著作「雪あかり日記」というエッセイ集に当時のことが描かれています。ベルリンへ渡ったのだけど戦局が悪くなって命からがら逃げられたそうで。当時は空路がないから、陸路や海路を使うしかない。マルセイユへの最終便がなくなり北欧経由で大西洋を渡ってアメリカを横断、西海岸から太平洋を渡って日本へ帰ってきたのですね。若い頃から大変な経験をされています。もちろん、悪いことばかりではなくて、逆に昔の良い建築が残っていたドイツの風景を体験されている。そして、帰国後はドイツ人建築家シンケルに影響を受けながらも、日本の伝統を加味した新しい建築のスタイルを牽引されたのですね。
帰国後も大学で教鞭を執られていたそうですが、谷口先生は西洋建築史を教えていたそうです。つまり、当時はまた意匠の授業というものは全くなかった。そもそも、設計教育は教えるものではなく、見てそこから学ぶものだという精神があったようです。歴史や計画、構造などは基礎的な教養として教えることはあっても、意匠やデザインはそうではないと。だから、それまでは講評会なんてものはなかった。美術館、劇場、オフィス、ホテルなどの各種建築が毎年同じように課題として出され、よく描けているものはA、描けてないものはCとされる。だから講評会は無かったそうです。」

当時は研究室に所属しても担当の先生と会うことがほとんどなかったり、気軽に研究室を訪ねて聞きたいことを聞くことなどできなかった。今では想像することが難しいのかもしれないが、そこに学生と先生が混じり合うような関係はなかったようだ。しかし、この流れも終戦を機に徐々に変わっていくこととなる。

「戦後、清家清先生が助教授になられた頃から変わり始めたようですね。その結果として、清家研からは林昌二、林雅子、篠原一男、茶谷正洋、八木幸二といった建築家が輩出されました。ちょうど1950年に一級建築士の制度が整えられたという社会的背景も影響していると思いますが、大学の研究室として多くの人材を輩出していく土壌をつくられたことは、今に大きく影響しています。
清家先生は哲学的なことはおっしゃらない。きっと先生自身、自らの建築論を構築されようとは思わなかったのではないかと思います。話されるのは一見雑談なのだそうですが、その中に建築論や生活の考え方、設計の工夫などが散りばめられている。僕は晩年、自邸の「私の家」へ遊びに行かせていただきました。駄洒落好きというのも本当なんですよ、まじめな雑誌の企画でお話の合間にも「この家はいろんな物が入ってきます。葉っぱも虫も、犬まで入ってくる。だからこれが本当の“ワン”ルーム」というふうに(笑)」

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