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連載コラム
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家の知/討議 第6タームvol.28 家のスガタとふるまい(1/3) 小泉雅生×藤本壮介×真壁智治

  • 小泉雅生(こいずみ・まさお) 建築家/首都大学東京大学院教授/有限会社小泉アトリエ代表

    小泉雅生(こいずみ・まさお)

    建築家/首都大学東京大学院教授/有限会社小泉アトリエ代表

  • 藤本壮介(ふじもと・そうすけ) 建築家/藤本壮介建築設計事務所代表

    藤本壮介(ふじもと・そうすけ)

    建築家/藤本壮介建築設計事務所代表

  • 真壁智治(まかべ・ともはる) プロジェクトプランナー/M.T.Visions

    真壁智治(まかべ・ともはる)

    プロジェクトプランナー/M.T.Visions

真壁智治

真壁:今回は、この「家の知/討議」の第2タームに登場いただいた小泉雅生さんをホストとさせていたただき、ゲストに藤本壮介さんを迎え、テーマを「家のスガタとふるまい」とした討議をさせていただきます。

まず討議へ入る導入として、少しお話をさせてください。実は、今日、1月11日は、先の大震災からちょうど10ヶ月ということになります。今日は"家の原型とは?"ということにも触れていきたいと思うのですが、その中で現在、被災地でさまざまに試みられている仮設住宅についても考えてみたいですね。仮設住宅が持つ仮設性とは、一体何なのだろうと。

それには仮設という概念をもう少し建築家が世の中に提議する必要があると常日頃思っています。仮設住宅は、コストパフォーマンスを高め、スピーディーに遂行されることが絶対条件のように取り沙汰されていますが、本来は、心の整理がついていない状態、恐怖心がぬぐえていない状態、病んでいる状態から立ち上がるための、少し語弊のある言い方かもしれませんが、ギブスのようなものだと私は思っています。そう考えると、仮設住居は、ただ提供すればよいというものではなくなるはずです。明らかに、現在の仮設住宅には心のケアに対応していく臨機応変な視点が一切ない。そこでは、スッポリと仮設住宅の原型の議論が抜け落ちていると言わざるを得ません。

そういったことも踏まえて、今日の議論が「家の原型」というところまで踏み込めればと考えています。そういう意味で、藤本さんが常日頃おっしゃられている「プリミティブ」というキーワードが、とてもひっかかったのですね。それでは、まず藤本さんからプレゼンテーションをお願いします。

藤本:今日は、実際に出来上がった住宅を2つ持ってきましたが、まずその前に、ひとつプロジェクトを紹介します。これは10年ほど前に僕が空想した建築です。実現するあてはないけども、「家の原型」はこれからどうなるのかということを考えたものです。

(提供=藤本壮介建築設計事務所) (提供=藤本壮介建築設計事務所)

今日のテーマは「家のスガタとふるまい」ということですが、このプロジェクトでは、人間のふるまいが家らしきものを形づくっているのではないか、家というものが非常にがっちりと存在するというよりは、そこに人間がどう関わるかというところから家のスガタが現れてくるのではないか、と考えたわけです。だから、あまり家に見えません。段差もいっぱいある。

(提供=藤本壮介建築設計事務所) (提供=藤本壮介建築設計事務所)

このときは段差は350mmで設計したのですが、そうすると階段のように上がることもできるし、腰をかけることもできる。二段くらいだと机くらいの高さにもなる。何をどう使えばいいのかあまり分からないけども、なんとなく直感的に場所を選び取って、その都度使っていくような形です。つまり、人間の振るまいが場所と関係を持った瞬間に、はじめて機能が現れるんですね。そして、人間の方もインスパイアされていく。

藤本壮介

こういう家というものは、ただの空っぽの空間で、そこに人間が勝手にモノを置いたり、住んでいるというよりは、家の地形みたいなものと対話しながら自分なりに徐々にその場所を発見していく。あまり機能がガチガチに設定されているよりも、こういう方が豊かなのではないかと思いました。機能がないことで、無限にそこから機能を発見できるとも言える。そういう家の在り方がこれからは出てくるのではないかと考えたわけです。

「HOUSE NA」外観(Photo=Iwan Baan)「HOUSE NA」外観(Photo=Iwan Baan)

少し話はそれますが、実は僕、あまり片付けられない性格なんですね。ちょうどこのプロジェクトを考えていた頃は、6畳のワンルームに住んでいました。生活する中で設計をやっていたので、次々と立体的に模型が積み上がっていって、自分でもどうしたものかと思っていました。
でも一方で、この風景は僕という一人の人間が生活している様がそのまま形になっているわけです。住んでいる自分としても、何がどこにあるかということが意外と分かっていたりもして、それなりに秩序があるということに気づいた。建築というものは人間の生活を限定するものではなく、緩やかに人間の生活を秩序づけ、許容するもの。もっと人間の生活を鼓舞するものであるべきだと考えたわけです。

それでは2つの住宅を紹介させていただきます。まずは先日、都内に竣工した住宅「HOUSE NA」です。先ほどのプロジェクトから発展させようとしたわけではないのですが、クライアントとの対話から最終的にこのような形の家となりました。東京の狭小敷地にクライアントである夫婦の二人が住まう家です。発想のはじまりは、いくつかあるのですが、まず一つには敷地がとても小さく狭いということがありました。

真壁:今までにない発想のコンパクトな家ですね。この敷地の間口と奥行はどのぐらいですか?

藤本:間口が5mくらい、奥行きが7mくらいです。
だから、この敷地の中で一番広い部屋を取ったとしても、大して広くない、所詮、狭い部屋なんですね。それであれば、小さくてもいいからいろんな場所があった方が豊かなのではないかと考えたことが一つです。
それからクライアントであるご夫婦から自分たちの生活についてお話をうかがっていると、例えばリビングで何をするとか、ダイニングでご飯を食べるとか、そういうことがあまり決まり切っていない感じだったのです。こっちでパソコンをしているかと思ったら、向こうに持って行ったり、割と家の中をフラフラと歩き回るようなライフスタイルだということがわかってきた。だから、ここは何をやる場所なんです、と決めないで、いろいろ選べる方がたぶん彼らはいいんじゃないかと。そこに先ほどの小さいスペースをたくさんつくるというアイデアを組み合わせたんです。

(Photo=Iwan Baan) (Photo=Iwan Baan)

一番小さい床はこのテーブルよりも小さいぐらいの大きさなんです。もはや部屋とも言えないくらいの、ちょっとした場所が段差を伴って積み上がっている感じです。床自体の数は20個くらいあります。そうすると先ほどの未完のプロジェクトのように、この段差であれば座れるとか、この段差であれば机のように使えたりする。だから、住む時には、これは建築物で、これは家具といった区別なしで、割と緩やかに縦横無尽に使いながら暮らせるんです。 クライアントにこの模型を提案したら、何だかとても気に入ってくださって、実現までには技術的にもさまざまな問題があったのですが、4年越しでようやく完成しました。

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テーマ:「家の"スガタ"と"ふるまい"」 in LIXIL:GINZA
小泉雅生×藤本壮介×真壁智治

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