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連載コラム
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家の知/討議 第5タームvol.25 “場所性”と“形式性”の間で(1/3) 木下庸子×乾久美子×真壁智治

  • 木下庸子(きのした・ようこ)

    工学院大学建築学科教授/設計組織ADH代表

  • 乾久美子(いぬい・くみこ) 東京藝術大学美術学部建築学科准教授/乾久美子建築設計事務所代表

    乾久美子(いぬい・くみこ)

    東京藝術大学美術学部建築学科准教授/乾久美子建築設計事務所代表

  • 真壁智治(まかべ・ともはる) プロジェクトプランナー/M.T.Visions

    真壁智治(まかべ・ともはる)

    プロジェクトプランナー/M.T.Visions

周辺環境と呼応しながらバランスをとる

真壁:今日は、「家の知」として住宅の設計と研究に関する新しい討議を、木下庸子さんと乾久美子さんをお招きして行います。特に伺いたいお話は、住宅やハウジングを考え抜いていく背景の基盤をどういう文脈からとらえているのかということ、その中でも"場所性"と"形式性"についてです。ここでの場所性というのは、国家的な制度から、地域の習俗、風習、あるいは人間の知覚、感覚というレベルなど、非常に幅広い意味を持ちます。これらをどう読み取り、あるいは再統合して、形式性というところにどう至るのか、という話が今日の聞きどころではないかと思います。まずは、乾さんの作品を見せていただきながら、議論をはじめたいと思います。

乾:よろしくお願いします。今日は三つの作品を紹介します。一つは「アパートメントI」という小さな集合住宅。もう一つは「スモールハウスH」という別荘。あともう一つは基本設計途中で中断している、「ハウスO」という住宅です。その三つで、真壁さんのおっしゃられている場所性と形式性というのをどこまで言えるか分からないんですけれども、少なくともわたしは建築を考える上で、無駄とも思えるほどに形式性にこだわる傾向がありまして、少し議論の発端を作るぐらいはできるかなというふうに思っています。
まず「アパートメントI」です。

「アパートメントI」外観(Photo=阿野太一)「アパートメントI」外観(Photo=阿野太一)

渋谷区広尾に建つこの集合住宅は、全部で5階建てです。この塀の後ろに半地下の住居があって、後は1層につき1住戸入っております。敷地は幅が8mで奥行が6mという場所です。そこに5m×5mの正方形を置いてみました。その中に共用階段のコアを入れるという、ごく当たり前の形式となっています。
ただ非常に狭い敷地の中に非常にコンパクトに五つ住戸を納めなくてはいけなかったので、どこも究極的な寸法でいろんなことを納めることが求められました。そうすると階段の踊り場というものが邪魔になってくることがわかったのです。そのため、階から階へは、いわゆる鉄砲階段でつないでいます。

結果として、いわゆる階段室といわれる階段を納める箱が階によってジクザグに位置が動くということが生まれました。
一つ一つの住戸のエリアは、この5m×5mの正方形から共用階段のこの四角を抜いた場所になりますので、例えば半地下の部屋(101)ですとO型になって、その上の201というスペースは、階段室がちょっと下にずれるのでU型のユニットになる。上にあがるとまたO型になって、さらに上にあがるとU型に戻って、そしてまたO型になるというように、OとUが繰り返し現れるような形式を持っています。

さらにOとUを繰り返すだけではなくて、OとUの偏心の度合いも階によって変えることをしています。もう一方の軸の断面に現れるこの揺れは割と意図的にやっていまして、401と501というのは南側の視界が開け、日光がよく受け取れるので南に開いてもいいのですが、301と201というのはすぐ真南に2階建ての建物が建っています。これでは南側に生活の重心をおいてもあまり快適ではない部屋になってしまうので、揺れを使って重心を北側の道路側に寄せました。東京だと階によってずいぶん環境が変わってくるので、階段の揺れを使いながら、それぞれの階の快適性を環境に合わせていくことを考えたのです。

レイアウトが階によって違うため異なるファサードが表に現れている レイアウトが階によって違うため異なるファサードが表に現れている

OとUが繰り返すことに伴い、バスタブやトイレなど設備のレイアウトが階によって全部違うということが起こっています。ですからファサードは1階がベッドルームが見えていて、2階はダイニングが見えている、その上はバスルームが見えているというふうに、全く同じ設備をもつの20平米のワンルームの部屋が積み重なっているにもかかわらず、全然違うものが表に現れていて、すべての立面において多様性が生まれるようになっています。集合住宅であるにもかかわらず、あたかも1軒屋のような雰囲気がファサードから生まれています。
内部は、5m×5mの箱の中に共用階段を納めてしまっているので非常に狭いです。狭い所で75cmの幅、厚い所では、それでも180cmの幅しかありません。天井高は基準法の最低値である210cmですが、それでも部屋の幅よりは大きな値となっていますので、どの断面をみても天井高の寸法の方が大きいという断面になっています。そうした縦長のプロポーションをもつ部屋であるため、大変明るくなっていることが、とても良いと思っています。

(Photo=阿野太一)(Photo=阿野太一)

20平米のアパートは生活環境を整える上での面積の域値を超えているのではないかと思いますが、そのため、どう頑張っても片付けようのないものだと思います。そんな雑多にしかならないインテリアを、周りに展開する東京の雑多な風景と同列に見せてしまうことで、内外どちらも雑多であることがひとつのまとまったゲシュタルトとしてあらわれればいいのではないかと。そうすると、中の雑多さ、外の雑多さの両方を肯定できるような気がしました。そうしたゲシュタルトを獲得するためには両者の明るさが似ることが重要だと思いましたので、この部屋の幅の狭さというのは、かなり積極的に肯定しながら設計を進めました。中と外が一体的に見えているというのが、明るく雑多な暮らしというのを謳歌する感じになるんじゃないかなと思っています。

中・外どちらも雑多であることがひとつのまとまったゲシュタルトとしてあらわれればいいのではないかと考えた。(Photo=阿野太一) 中・外どちらも雑多であることがひとつのまとまったゲシュタルトとしてあらわれればいいのではないかと考えた。(Photo=阿野太一)

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テーマ:「場所性(コンテキスト)」と「形式性(フォーム)」について in 工学院大学
木下庸子×乾久美子×真壁智治

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