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連載コラム
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家の知/討議 vol.17第1・2ターム総括(前半)研究と設計の距離 真壁智治

  • 真壁智治(まかべ・ともはる) プロジェクトプランナー/M.T.Visions

    真壁智治(まかべ・ともはる)

    プロジェクトプランナー/M.T.Visions

世代を超えた議論を行う基盤をつくりたい

(インタビュアー=大西正紀/mosaki)
--- 「イエスト」のメインコンテンツとして展開してきた「家の知/討議」は、これまでに真壁さんによる進行のもと、難波和彦さん、篠原聡子さん、小泉雅生さん、高橋晶子さんを迎え、2つのタームに渡って「家」にまつわる討議を重ねてきました。
次の第3タームでは、新しい企画に取り組むわけですが、今回はこれまでの議論を一度振り返り整理できればと思います。まずは、改めて「イエスト」というサイトが生まれたきっかけからうかがいたいと思うのですが、真壁さんが「家」という建築におけるど真ん中のキーワードを掲げた、その背景にはどのようなことを考えていらしたのでしょうか。

真壁智治

真壁:戦後から65年経っているわけですが、ここで改めて住宅の理念、そのあり方を考えてみる時期にあるのではないかという想いを、この数年強く持っていました。これまでの討議の中でも、何度も発言されているように、特に家族や環境を取り巻く変数が増えた。しかし、こういった共通の認識を住宅の設計や研究に関わっている人たちが、理解しているかというと、やはりまだまだ希薄なところがあると感じていました。だから、この辺りで、住宅をもう少し客観的に見ながら、その問題点を共有するための議論ができないかと考えたのです。

--- そこで2人のゲスト建築家に真壁さんを加えた3名で討議を行う「家の知/討議」をメインに据えて、ウェブサイト全体にも、研究と設計の2つのベクトルから「家」を見ていこうというコンセプトを与えたわけですね。

真壁:そうですね。そこが着眼のポイントになったわけです。例えば、1950年代は、絶対的な住宅の供給不足の中で、小住宅がかかえる研究と設計の課題というものは、社会的に大きな意味を持っていたと同時に、建築家の発言も社会的な影響力を持っていました。しかし、特に近年には、家をめぐる研究と設計というものが、どういう事態にあるのか。何を持って現在の住宅の設計や研究の社会性とするのかということが、非常に分かりづらくなってきている。そういう時代の中で、既存建築ジャーナリズムの手が回らないところを、このウェブマガジンで少しでも押えることができたら、ということがそもそもの発端だったのです。

--- 「研究と設計」というキーワードに意識的になられたのはいつ頃だったのでしょうか。

真壁:私は1960年代半ばから1970年代にかけて建築の教育を受けていて、一方、大西さんたちのような最近エポックとして取り上げられる1970年代生まれ世代の方々は、1995年以後に教育を受けています。1960年代は、1950年代という住宅が抱えていた研究と設計というものを両立し、そこに社会的使命を持ちながら進んでいた時代だったともいえると思います。けれども、現代はそういったものが非常に見えづらくなってきている。そういう中でも、例えば、僕自身が1970年代生まれの人たちと接していくときに、考え方の相違があったとしても、もう少し何らかの基盤の共有が必要ではないかと考えたのです。
若手の住宅作品を見たときに「昨今の住宅建築が根無し草的な建築のオリジナリティを追求しているだけではないか」という意見もあるのかもしれないけども、それをもう少し歴史的スパンで見てみると、過去の研究や設計の延長上にこれはあるのだ、と違う関係性が見えてくる。まさにこれが「家の知」なんだと考えるわけです。研究と設計というキーワードを今の時代に据え置くことで、家の面白さを、今の読者や建築家たちにアピールしたいと想っている。ですから、ウェブマガジン「イエスト」の今後の展望としては、設計に意味を生む研究、あるいは研究にとって刺激的な設計といった研究と設計の緊張感のある相補性、相乗性について、もっと目を向けることができればと思います。

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