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連載コラム
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家の知/討議 第2タームvol.15 住宅をつくる眼に見えないもの 高橋晶子×小泉雅生×真壁智治

  • 高橋晶子(たかはし・あきこ)武蔵野美術大学教授/ワークステーション

    高橋晶子(たかはし・あきこ)

    武蔵野美術大学教授/ワークステーション

  • 小泉雅生(こいずみ・まさお)首都大学東京大学院教授/シーラカンスアンドアソシエイツ(C+A)

    小泉雅生(こいずみ・まさお)

    首都大学東京大学院教授/シーラカンスアンドアソシエイツ(C+A)

  • 真壁智治(まかべ・ともはる) プロジェクトプランナー/M.T.Visions

    真壁智治(まかべ・ともはる)

    プロジェクトプランナー/M.T.Visions

環境の中に隠れる情報の抽出

高橋:つい先日、大学で私が出している「分節を再考する」という課題に、ある学生が非常にシンプルに答えてくれました。

真壁:それはどういった課題なのですか?

高橋:「建築は分節の塊だ」ということを前提にするわけですが、分節にはいろんな水準があります。機能のカテゴリー関連、柱や壁といった構成要素関連、その他いろいろ。要は、どこかの水準を抽出して見直してみなさいという課題なのですね。そうしたら、ある学生が“気持ち”で分節すると言ってきた。最初はピンとこなかったのですが、考えはじめるといろんな発見があるのです。

真壁:具体的にどういう考え方だったのですか?

高橋晶子

高橋:その学生は、どういう気持ちになったとき、どういう場所がフィットするかということを考えました。例えば、悲しいとき、一人になりたいときに人はどこへ行くのだろうか、と考える。ある人は暗い場所、ある人は小さい場所かもしれない。行き止まり、あるいは徘徊する場所・・・けど、突き詰めていくと、そういう普遍的な場所を設計しきれるのか、と自問せざるをえなくなって、学生自身はうまくまとめることができなかったのです。でも、そのモチベーションは大事だ、当たっていると私は思いました。
ここはこういう行為のための場所だという機能の設定以外にも人間はいろいろなことを考え、感じている。そこで重要になっているのは空間の力です。その素朴な“気持ち”というものを形にすることはなかなかできないけど・・

小泉:現象をすべて予想して計画することは、できないのではないでしょうか。「悲しむための場所をつくりました」とか言われた途端に、うそっぽくなる。「俺は絶対にそんなところでは泣かない」とかね(笑)。だけど、泣くときには泣くのに適した場所というのがあるのも事実です。

真壁:今、求められているのは、多分に現象というものに対する空間の、改めての力みたいなものをどのように考えるかということが、すごく大事になっているのではないかと思うのです。

高橋:日常の、ささやかだけどはっとする瞬間を与えてくれるような場所が、きっと求められていると思いました。だけど、それはなんだと言われたら、難しい。

小泉雅生

小泉:何かのきっかけになるのだけれども、それが押しつけがましくない、という手法を見つけないといけないですね。それが難しい。<戸田市立芦原小学校>の設計時も最初は僕らも、ここはこのための場所、という風に考えてつくっていました。しかし、進めていくとどうも違和感がある。そこに単純な等差数列を取り入れて空間を分節化していった瞬間に、これなら行為と空間との関係をゆるやかに記述できると思いました。強制力はないけれどきっかけになるというファクターを、いかにちりばめるか。そういう意味では、数学や幾何学、あるいは温熱環境みたいなクールな事象の方が、可能性があるのではないかなという気がしています。

真壁:アフォーダンス理論※1の画期的な前提となったものは、人間の網膜に映り、網膜の上に体現するものが情報ではなく、環境の中に既に情報があるというものでした。こうしたアフォーダンス理論の観点から人間が知覚する情報としての場の生成のしくみを研究することは、設計の重要な要素になる可能性もさらに大きくなりますね。

高橋:自然の環境要素って正直だから、人間の希望や誘導にそのまま従ってくれない。いわば科学ですよね。それらのふるまいを設計に活用することが社会的にミッションになっているし、発見を生むきっかけにもなりうると感じる反面、実践の場では効果を予測するのが難しいことも多いです。
小泉さんは“ハウジング・フィジックス”というテーマを持って取り組まれていますが、例えば、ご自邸の<アシタノイエ>で、実際にお住まいになられてから、発見されたことはありますか。

<アシタノイエ>(2004/設計:小泉雅生・メジロスタジオ) 写真左:<アシタノイエ>(2004/設計:小泉雅生・メジロスタジオ)の内観。リビングスペースとその奥に配された子ども部屋。子ども部屋の壁は全て上部が開けられていて、家のどこにいても互いの気配を感じることができる。
写真右:2階ダイニングキッチンからリビングを眺める。リビングに接する形で3つの子ども部屋を配している。

小泉:例えば音というフィジックスに関しては、音や気配が伝わるという個室とリビングとの関係をつくりました。そうすると、家族同士でも、相手の気配を知りたくないというときもある。そういった時の対応は意外と簡単でヘッドホンをかけると解決してしまう。つまり音環境は、建築ではない簡単なものでもつくれてしまう。だから、実は、ウォークマンやヘッドホン、iPodというものは、極めて建築的で、建築以上に空間をつくる力があるのではないかと思いました。
一方で、逆のメンタリティのときもある。自分の気配を伝える、自分の存在を相手に伝えるために過剰に音を出して、意思表示をする。子供たちを見ていてもそういうことがありますね。実は音という物理現象を一つとっても家の中でいろいろなドラマがあるなと。

真壁:例えば、子どもが、今、勉強に集中していることを、しんとしているのではなく、その気配を何となく音として伝えてきたり、あるいは親からの干渉をバリアするということも音を介在させて伝えますよね。そういうことを子どもは考えているのでしょう。

小泉:そうでしょうね。あとは熱環境で言うと、人間はあまり感度がよくないということがよくわかりました。家ではネコを2匹飼っていますが、ネコの方が圧倒的に良い。2匹でしょっちゅう場所の取り合いをしている。そして、その場所へ行ってみると実際、すごく快適。

高橋:すごく単純なのですが、朝、起きたときに、うれしい朝の起き方ってありますよね。例えば、私は東からいい光が入ってきたというだけで、気持ちいい目覚めができる。今の季節は、すごく新緑がきれいで、部屋から外の緑を目にするだけで元気になる。そういうささやかなことでも、ある条件が重なったときに、非常に活き活きした環境になっていくということは実感できますよね。だから、その経験を活かしたい、再現というよりは、似たようなテンションをつくることができればと、よく考えています。

<深見の住宅>(2007/神奈川県大和市/設計:ワークステーション) 写真左:<深見の住宅>(2007/神奈川県大和市/設計:ワークステーション)若い夫婦と幼い子供の住宅。外観は家型とした。 写真中:矩形の平面をふたつに分けて、2階床レベルを約1mずらしている。 写真右:その結果、1階の天井と2階の床レベルの間にスリットが生まれ、互いの空間が階で区切られることなく、光と視線をつなぐ。

※1:アフォーダンス理論
「与える、提供する」という意味の英語 afford から造られた、アメリカの知覚心理学者ジェームズ・J・ギブソンによる造語。生態光学、生態心理学の基底的概念とされ、環境が動物に対して与える「意味」のことを指す。日本では、心理学者、佐々木正人の『アフォーダンス――新しい認知の理論』(岩波書店, 1994年)が名著とされる。『レイアウトの法則―アートとアフォーダンス』(春秋社/2003)では、建築家、塚本由晴との対談も収録されている。

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