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連載コラム
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家の知/討議 第2タームvol.12 「個」の自立/「住宅オリエンテッド」 高橋晶子×小泉雅生×真壁智治

  • 高橋晶子(たかはし・あきこ)武蔵野美術大学教授/ワークステーション

    高橋晶子(たかはし・あきこ)

    武蔵野美術大学教授/ワークステーション

  • 小泉雅生(こいずみ・まさお)首都大学東京大学院教授/シーラカンスアンドアソシエイツ(C+A)

    小泉雅生(こいずみ・まさお)

    首都大学東京大学院教授/シーラカンスアンドアソシエイツ(C+A)

  • 真壁智治(まかべ・ともはる) プロジェクトプランナー/M.T.Visions

    真壁智治(まかべ・ともはる)

    プロジェクトプランナー/M.T.Visions

研究と設計の今日的な事情

真壁:近年は、より住宅を考えていく手がかりとしての大きな研究テーマが見あたらないように思うのですが、どうでしょうか。例えば、戦後の51C型が生まれたころには、住宅大量供給という時代背景があり計画論を支えた研究というものがあった。それが今では風化してしまったと思うのです。それに変わるものを今、改めて少しずつ探していこうとしているのだと思うのですが、研究と設計に関わる今日的な事情をどのように感じておられますでしょうか。

小泉雅生

小泉:確かに計画論という枠では、なかなかテーマが見あたらないというのは確かだと思います。しかし一方で、今の日本での大きなテーマのひとつにはストック活用というものがあると思います。つまり今までの計画論というのは、ゼロから何かをつくり上げる計画論だった。51C型もそうですね。その時代に、いかに効率よく合理的に性能のいいものをつくるか。それらが工法的なことや構造的なアイデア、そして大量生産化というものへとつながっていったのですね。ところが住宅に関していうと、現代は大量にストックがすでにある。そうするとストックを生かして、どう新たな枠組みをつくっていくかっていう計画学が必要で、それがまだ確立できてないんだと思います。この低速状況を脱するには、そういうことをベースに考えていかないと駄目なんじゃないかと。
この間、ある方と話をしていたら「縮小工学」という言葉が出てきました。これまでのエンジニアリングというものは、つくるための工学。逆に縮小していくフェイーズでの工学というのは、シンキング状態でのエンジニアリング、それを考えていくのがこれからではないかということを仰っていたのです。これは全くその通りだと思いました。そういう意味では、住宅にかかわる研究的な大きなテーマとしては、そこが始点になるのではないかと考えています。

真壁:つまり再生、再構築という大きな研究主題というわけですね。

小泉:そうすると、恐らくモノのレベルで過去のモノを生かすという発想と、もう少しメタフィジカルなモノを生かすという話もあると思うのです。例えば、歴史的視点のようなものが、今後はクローズアップされるのではと考えています。

真壁:特に近年は、歴史を歴史としてとらえないで、今を読み取るためのものとして改めて歴史を学び、歴史的視点で現在と過去を橋渡ししようとさせるような発想がより出てきてるように感じますね。

高橋晶子

高橋:例えば、これから社会に出るような世代の人々は、最初から途切れているところから始まっているので、むしろ歴史的につながりたい願望が強い、時間をつくりたい願望が強いのではないでしょうか。
一世代違うと、それだけで生まれ育った環境も全く違うし、それによって求めることも違ってくると。しかし、それだけバラバラになりながらも、やはり繋がりたいということはある。そこに“時間”や“繋げる”というキーワードがあれば、何かがつくっていける、伝えていけるのではという意識を非常に強く持っています。そういう意識の中で、「私はこれをやってみよう」とそれぞれのベクトルが分かれているのが今の状況だと思っています。

真壁:それはすごく的確な指摘ですね。例えば、アトリエ・ワンの一連の活動にも見ることができますね。もう一度、人間と人間の関係とか、人間とモノとの関係というものを、向き合う“向き”のようなものでとらえ直してみようとか。
だから、これも先ほどの話ではないけど、日常的に転がっているものを改めて読み解く研修とでも言えるのでしょうか。つまりアトリエ・ワン的発想が何故今の時代にタイムリーなのかというと、要するにある種、画期的な発見ではないというところにある。皆がうすうす気づいていることをもう一度組み替えていくというような。

小泉:恐らく20世紀は、コルビュジエの近代建築以降、如何にモノをつくるかという時代だった。鉄やコンクリート、ガラスといったものが出て、それを大量に供給する枠組みができ、建築がものをつくる理論で語れてきたのですね。対して21世紀に入ると、環境の時代という話が出てきた辺りで、むしろ如何に使われるかとか、中で起きている現象はどうなのかといった方向から建築を語ろうという方へシフトしているのだと思うのです。それが、アトリエ・ワンが小さく日常的なことから建築を構築しようとしていることの歴史的な意味なのでしょう。 そもそもモノのつくられ方は、ある種の構成がしっかりしている構造主義というイメージがあって、近年はそれが社会全体へとシフトしてきた。建築の学問で言うと、構造から環境への歴史的変化という流れに置き換えられる。

高橋:そうですね。もしゼロからつくるとなると、構成から何から全部自分で考えられるから、鳥観的な感じにまずなりますね。ところが例えば、改修となったとたんに、もうそうはいかない部分がいっぱい出てくる。どこに柱があるのか、どんな風にしたいのか、コストも含めて、実にフィジカルな条件を挙げていくコミュニケーションの中でピントが合いづらくなってくる。リノベーションを経験すると、構成も外観も全て決定することができる建築の特異性を今更ながら感じます。

小泉:全くそのとおりだと思います。先ほど、真壁さんが計画学に元気がないと発言さたことに重ねると、リノベーションのような個別の状況に応じて振る舞い、決定するということが、いわゆるアカデミズムの“学”になりうるのかということに繋がるのだと思うのです。どうしても“学”は、ある種のセオリーのような形で普遍性や繰り返し性というものがあって、それが教育の現場で伝達可能な形になっていかなければいけない。このことも“学”として成立することができない一つの原因だと思います。

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