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連載コラム
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家の知/討議 第1タームvol.7 新しい家族、新しいコモンの可能性 難波和彦×篠原聡子×真壁智治

  • 難波和彦(なんば・かずひこ)東京大学教授/難波和彦+界工作舎

    難波和彦(なんば・かずひこ)

    東京大学教授/難波和彦+界工作舎

  • 篠原聡子(しのはら・さとこ)日本女子大学准教授/空間研究所

    篠原聡子(しのはら・さとこ)

    日本女子大学准教授/空間研究所

  • 真壁智治(まかべ・ともはる) プロジェクトプランナー/M.T.Visions

    真壁智治(まかべ・ともはる)

    プロジェクトプランナー/M.T.Visions

真壁:家族の問題の中でも、例えば子供がぐれてしまうとか、閉じこもってしまうとか、鬱になるとか、このような精神的な病と家族との関わり、それらと建築との関わりについて何か研究のようなものはされているのでしょうか。

難波:家族空間について研究されている外山知徳さんをはじめとして、そのようなことをテーマとした研究者は沢山いると思います。
けど、結局結論としては関係はないのだと個人的には思います。例えば、ある病気になったときに、そこにドアがあれば締めるし、ドアがなければ何か別の方法で閉めてしまう。だから、建築の空間そのものが原因となってしまうというものではないのではないでしょうか。
例えば神戸での連続児童殺傷事件を起こした少年が住んでいた住宅のプランを見たときには、ぼくはあれっと思ったことがあって。その住宅は2階建てで、彼の部屋、6畳の和室が2階の一番奥にある。ところがその部屋には、お姉さんのタンスとお母さんの鏡台が置いてあるんです。ということは、しょっちゅうそこに2人が来るんですね。だから、ぼくはあの事件がこのような家に住み育ったからそうなったということよりも、あの部屋には、両親や家族の「おまえにはプライバシーはない」というメッセージがそこに現れていて、それを彼は受け取ったんだと思います。彼の部屋に、お姉さんは服を取りに、お母さんはいつも来て朝はそこで化粧をするわけですから、彼は、自分の世界が与えられていないというメッセージをひしひしと感じていたのでしょう。けど、これはその家の持つ空間によるものではないと思います。ぼくはそういうふうに解釈しました。建築も社会的関係の表れだと考えています。

篠原:社会的問題に後付けとして原因を求められることはあっても、先導はしないということでしょうか。

難波:そう思いますが、もちろん確信できることではありません。例えば、子供の頭がよくなる家とか子供部屋のつくりかたとか、ときどき流行するじゃないですか。

篠原:このようにプランニングすれば良いとか、ああいう類のものですね。

難波:これがまた、昨今の血液型うらないの本のごとく、みごとに流行する。けど、基本的に家というのは、作る人、両親の子どもに対するメッセージだということが重要です。そのメッセージが子供たちに伝われば良い。家はそれを伝えるためのメディアだとぼくは思います。

真壁:このような議論がなされるということは、その昔あったような家族というものはこうあるべきだというイデア、理想的家族像というものは、現代は、ますますなくなってしまっている。だからこそ、その特殊な事情を引っ張りだして、家をつくる際にそれらをどう補強するのかということになるのでしょう。
次に難波さんに伺いたいのは、「箱の家」の経年変化についてです。元々「箱の家」は非常にフレキシブルにつくられているけれども、そこでの住みこなしであるとか、実際の住まい手はどのように成長、変化しているのでしょうか。住宅の中身自体も相当変わってきているのではないかと推測しているのですが。

難波:実はその点に関しては、ぼくは、ちゃんとフォローしていないのです。電力など性能的な調査は行いますが、生活の調査のようなものは行いません。
そう考えると、篠原さんとぼくとはことごとく反対のことをやっていますね。ぼくは、それで批判されることも多いのだけど、まずバリエーションがない。ある種の標準解なわけです。一方、篠原さんは、そこにひとつの特殊解を導く。

篠原:「箱の家」ももちろんそうだと思いますが、どんな人でも住めるとか、どんな年齢でも住めるという家はどうなのかなと思うところがあります。難波さんのつくる「箱の家」という一室空間は、子育ての空間としてはすごくいいと思うけれども、子育て期を終えて、「箱の家」のなかで家族も変化し、さらに老後となってくるとどうなるのだろうということに興味があります。例えば、「箱の家」で亡くなった方はいるのですか。

難波:おじいちゃんが亡くなったということはあります。

篠原:「箱の家」では、子育てが終わった夫婦が住み合うという状況のときには、どういうふうになるのかということをお考えになっていますか。

真壁:例えば、子どもがいなくなったときには、今はカーテンくらいになっている間仕切りをきちんとして、友達とシェアして住むとか、そういったプランを考えなければいけないかなとも考えています。コレクティブハウスというか、一緒に住めればいいなと思いますね。つまり住宅も集合住宅的に考えるということです。

篠原:そうですね。わたしもそういう覚悟を持って住宅をつくった方がいいと思っていますね。

真壁:これはやはり2000年代に入ってからの色濃い考えではないでしょうか。

篠原:夫婦にしても、いつかはどちらかが亡くなって、最後は1人になる。そのときに誰かが入ってくるとか、住まないにしてもサポートが入ってくるかを想定するということです。いずれにしろ現在の「家」は、○○家の「家」といったように継続されていくシステムではないように感じています。家族と家の関係はその度にリセットされる。例えば、ある家に住む夫婦どちらかが亡くなり1人になったときに、その家に息子一家が家族を連れて入ってくるということは、実際あまりないですよね。

難波:ほとんどないでしょうね。

篠原:ですよね。だから、「継がれない家」なんですね。そうすると、集合住宅のようになっていくというのは、すごくいいというか、ある種の必然のような感じがします。

真壁:つまり、家の寿命のほうから考えるのではなく、年を取ってきたら家の管理はどうするのかと、家族の寿命のほうから家を考えなければいけない時代が来ているということですね。

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