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連載コラム
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家の知/討議 第1タームvol.6 クライアントに見る、家族を成立させるもの 難波和彦×篠原聡子×真壁智治

  • 難波和彦(なんば・かずひこ)東京大学教授/難波和彦+界工作舎

    難波和彦(なんば・かずひこ)

    東京大学教授/難波和彦+界工作舎

  • 篠原聡子(しのはら・さとこ)日本女子大学准教授/空間研究所

    篠原聡子(しのはら・さとこ)

    日本女子大学准教授/空間研究所

  • 真壁智治(まかべ・ともはる) プロジェクトプランナー/M.T.Visions

    真壁智治(まかべ・ともはる)

    プロジェクトプランナー/M.T.Visions

真壁:次に、難波さんには、「箱の家」を通して見えてくる「家族」についてうかがいたいと思います。まず、「箱の家」のクライアントはどのくらいの年代の方が多いですか。また、その年代に変化はあるのでしょうか。

難波:「箱の家」の設計をはじめた1995年当初は、すでに家族という形が確立している40代後半が多かったように思います。子供も小学校か中学校くらいで、仲の良い家族を維持するために家を建てるという家族が中心でした。最近ではクライアントの年齢がだんだんと下がってきて、20代後半から30代が多くなっています。結婚して数年たったら子供ができて、「さぁどうしよう、僕ら家族だぜ」というクライアントもいます。

篠原:そこで、家がなくてはという感じですね。

難波:とりあえず、よくわからないから、まず家から考え始めるという人が多いように思います。

篠原:まるで、ふわふわとしたものが、イカリを降ろすような感じですね。

真壁:家というものが、家族をつなぎとめる最後の砦のような感じです。

難波:最近は、家族という初期条件を設定するために、家という空間を持ち出すことが、一番わかりやすいと感じているクライアントが多いようです。

篠原:そういう場合、具体的にどのような要望があるわけですか。

難波:それがほとんど何もないんです。むしろ家族みんなが、いつも一緒にいることができれば、他は何もいらないと言う場合が多い。若いクライアントがいる一方で、60~70才あたりのクライアントもいますが、そのちょうど真ん中あたりが少なくなりました。

篠原:日本の場合、家を持つということで特に家族というユニットに対して、社会的なポジションが与えられます。家を持つことで、近所ができ、銀行からも信用が得られるようになる。そういう社会的な見方もされるということは、つまり家族を社会化するということ。だから、家は家族を社会化する装置じゃないかなとも思ったりするのです。

難波:その背景には、日本特有の持家政策という条件もありますね。例えば、中国などは、日本と違って、土地は自分たちのものではないわけです。日本は逆に土地は個人が買い、土地を持っていれば、とりあえずは融資を受けることができる。建物は償却されるが、土地は償却されません。土地と建物を分けるという法制度が、日本人の家を持つことと、家族を作ることの背景にあり、家作りに大きく影響しているのだと思います。

篠原:それはつまり家族のかたちや質、大きさ、意味というものが、ひとつは国や政府、国家政策のようなものの中で、常に変わってきているという話ですね。

真壁:確かに今の家族と家の問題を国家というような規範の中で考えることもできますが、他方で家というものがより「個」というものに振れてきているとも見える。逆に言うと、先ほどの難波さんからのエピソードにもあったように、クライアントには家族像というものがなく、家を通して自分たちの家族を表現する、もしくは家族を保証している時代にあるのではないかと感じているのですが。

難波:それは確かにそうですね。「個」に振れてきているひとつにはインターネットがそれを決定づけたみたいなところがあるのでしょう。「個」という意味で言えば、僕がつくっている「箱の家」には基本的にプライバシーがありません。それは社会や街へ出ればいくらでもプライバシーはあるから、家ぐらいプライバシーはなくてもいいじゃないという逆説的な考え方です。先日もあるジャーナリストが、「箱の家」の中で、どうやってセックスをするのかという質問をしてきました。これは、セックスは家でするものだと言う先入観による質問です。もちろん家はそういう場所のひとつですが、現代では、あらゆる社会的な装置が都市の中に散在しているから、生活は家だけで完結するものではない。それに人間は何かをやろうと思えば、どこででもできると僕は考えています。

篠原:そして都市の中にあるプライバシーの有り様は、すごく個別的なものですよね。つまり個々が何をプライバシーと思うかは、みんな異なる。お尻を見られるのが恥ずかしいという人から、冷蔵庫の中身を見られたくないという人もいます。例えば、山本理顕さんなどは「個」の関係性にこそプライバシーがあるとおっしゃられていましたが、それは一般的なプライバシーの感覚とは少しあてはまらない部分もあるのかもしれない。けれど、一人で何かをしているところを見られるより、誰かと何かをしている、つまり関係を持っていることを見られたくないと思う。今、集合住宅のコモンの調査をしているのですが、「この集会室は外からよく見えるから使いたくない」と言われ、確かにプライバシーは関係性にあるということを確信しました。

真壁:この話は、これまで家族の中にあったプライバシーとパブリックとの関係が群としてとらえることのできないほど、多様化して危うくなっているという象徴的な話ですね。

難波:そうですね。プライバシーを見られるのは恥ずかしいと感じる個人的な感覚と、ネット上や防犯カメラなどによって、現実にはプライバシーは侵害されているけれども、本人はまったく気付いていないという状況との落差が激しくなっていることにも、それは現れているかもしれません。

真壁:そして、そのことも含めて家族の成立を難しくさせてきている。結果、建築家が家を建てるときの難易度がどんどん上がっているのかもしれません。

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