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連載コラム
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家の知/討議 第1タームvol.4 住宅から建築を考える 五十嵐太郎

研究と設計との関係を築き上げる際どさ

fig.1=『見えない震災』
(2006、五十嵐太郎(編)、みすず書房)

日本の現代建築は、世界的に見てもすぐれた作品を数多く生みだしてきた。むろん、その背景には、都市のストックとなる賃貸の良質な集合住宅をあまりつくらず、持ち家政策によって、家から独立し、住宅を新築することが人生ゲームの目標とされたことは大きい。「パラサイト・シングル」という言葉がネガティブに語られるのは、親の家に居続けることは悪いという社会的な通念を反映しているからだろう。激しいスクラップ・アンド・ビルドのために、住宅は30年程度で建て替えられる。実際に地震が発生しなくても、30年もすれば、住宅地の風景は完全に変貌してしまう。以前、筆者はこうした状況を「見えない震災」と命名し、編者として同名の本を企画した[fig.1]。世界一の長寿国である日本は、皮肉なことに、先進国においてもっとも住宅の寿命が短い国なのだ。ともあれ、日本の特殊な住宅事情は、若い建築家にも実践の機会を多く与え、すぐれた建築家を育てることに大きく寄与したといえる。

だが、1990年代に入り、住宅は批評性を失ったと言われるようになった。例えば、伊東豊雄は、批評の可能性は公共建築にあると語っている。難波和彦×篠原聡子×真壁智治らによる討議で指摘されたように、かつて黒沢隆が唱えた「個室群住居」[fig.2]も、対極にある安定した家族像が前提になっていたからこそ、強い意味をもっていた。一般誌や『カーサ・ブルータス』[fig.3]なども建築家の設計した住宅をカジュアルにとりあげることが当たり前のようになり、市民権を得た現在、逆に住宅は力を失ってしまったのだろうか?隈研吾は、“パドックからカラオケ”というキャッチコピーを用いて、もはや住宅建築は本レースに出場する前のパドックとしての機能を失い、いまや施主と一緒に歌う永遠のカラオケになったと批判した(「パドックからカラオケへ」/隈研吾/『新建築2006年4月号』[fig.4])。また磯崎新は、あるシンポジウムにおいて、そもそも住宅は「建築」ではないと揶揄している。だからこそ、「家の知/討議」には、21世紀における住宅の可能性をポジティブに考える場として期待したい。

ffig.2=『個室群住居』((1997、住まいの図書館出版局)
fig.3=『Casa BRUTUS 』(1998年12月創刊、マガジンハウス)
fig.4=『新建築2006年4月号』(2006、新建築社)

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