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連載コラム
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家の知/討議 第1タームvol.1 「個」と「家族」の狭間でゆらぎ続ける“家”のすがた 難波和彦×篠原聡子×真壁智治

  • 難波和彦(なんば・かずひこ)東京大学教授/難波和彦+界工作舎

    難波和彦(なんば・かずひこ)

    東京大学教授/難波和彦+界工作舎

  • 篠原聡子(しのはら・さとこ)日本女子大学准教授/空間研究所

    篠原聡子(しのはら・さとこ)

    日本女子大学准教授/空間研究所

  • 真壁智治(まかべ・ともはる) プロジェクトプランナー/M.T.Visions

    真壁智治(まかべ・ともはる)

    プロジェクトプランナー/M.T.Visions

家族という基盤を失った90年代

真壁:今日は、前回の続きとして、大まかに1990年代バブル崩壊以降、ポストバブルから2000年までの研究と設計の核になる一つの動き、パラダイムが変わるところを探っていきながら、これからの「家の知」の大きな柱を共有していければと思います。まず、ポストバブル以降、大きく動いてきているもののひとつに「個」あるいは「個人」という局面があるのではないでしょうか。高度に進む情報化社会のなかでの「個」、地域やコミュニティーから益々関係を失っていくなかでの「個」、働き方も含めた流動化する社会での「個」、など一気に「個」が阻害されていくスピードが加速してきた中で、特に1990年以降は、“家族”という単位よりも「個」の集合という意識が強くなっていったように思います。

篠原:今から10年ほど前に私は大学教員になって、その頃から学生と住み方の調査をはじめました。黒沢隆さんの「個室群住居」のような言説がある一方で、私は学生と一緒にワンルームの調査をしたり、学生たちの身体感覚としての住み方を通して、すこし違ったものを感じはじめていました。当時の学生たちの中にも既に自分がワンルームの居住者であることに違和感があったようです。そういう若い世代の実感みたいなものから、調査ははじまったわけです。もちろん当時はそのような調査に意味があるとは認識されていませんでした。ワンルームは一過性の住まいであり、しかも迷惑建築と考えられていた。デザイナーズマンションなんて言葉もありませんでしたから。

「個室群住居 住まい学大系088」 (黒沢隆/住まいの図書館出版局/1997)
1968年、黒沢隆(1941-)は「都市住宅1968.5」にて「個室群住居とは何か」という論文を発表。本書では、以降数多く発表した論文と30年にわたる設計作品を通して、住宅の中の家族と個室の在り方に視点を向けた黒沢の建築論が展開される。

真壁:確かに黒沢隆さんの個室群住居はとても魅力的でした。家族同士の距離性、他者性にこれまでにない解を付け加えました。しかし、そのあと、果たしてそれがすべてなのだろうか、という疑問が出てきたように思います。その像を通して、もう一度、家族に収れんしにくかった。

難波:時代的に個室を与えることが個人の自立につながるとか、ちょうど子どもの受験勉強などがもてはやされたり、アメリカ式の育児法と並んで出てきた部分もあります。

篠原:当時はそれなりにきちんとした家族像というものがあった上で、その対極となりうるような、個室群住居という考え方を出されたので、コントラストがあったと思います。家族というバックグラウンドがしっかりとある上の安心感に基づいて個室群住居の話が展開していたと思います。
けれども、私たちが大学で研究をはじめた90年代は、そういう家族という基盤が弱体化していて、この先どうなるのかという漠然とした不安を持った若い人たちが増え始めていた時期だったんですね。

難波:機能的なスタンスで、個室群住居はつくられた。だから、基本的の家族という基盤が崩れてしまうと、論全体も崩れてしまうんですね。

篠原:1990年代の後半は、若い人たちはそういうことを直感的に分かっていたようでした。私は彼らのことを「ポスト家族の世代」と言っています。家族が崩壊して個人となり、個人は社会に散逸する。その間には共同体的な拘束もないが、確固としたよりどころもない。だから、その間を何が埋められるかということを彼らは探し始めた。

真壁:そういう意味では、1990年代後半は、みんなまちの居場所だとか、かけがえのない場所みたいなものを探しに行きだした時期でもありますね。当時の若い人たちの卒業設計や論文にもそういう傾向が読み取れました。

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