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連載コラム
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ディテールの冒険vol.21 清家清の窓〈前編〉

文・イラスト:堀 啓二(>共立女子大学家政学部 建築・デザイン学科教授)

清家清先生を初めて見たのは、現在歌手のDREAMS COME TRUEが出演しているネスカフェゴールドブレンド"違いがわかる男"のコマーシャルです。1976年放送で、ちょうど私が大学に入学し建築を学び始めた年です。確か記憶によると丘陵地の豊かな緑の中に立つ住まいの模型を前にゆったりと座りコーヒーを飲むというシーンだったと思います。HPシェルの軽快な屋根の下に南斜面に開いた2層吹き抜けの大開口を持つ開放的で気持ち良さそうな住まいでした。(多分保土ヶ谷の家だと思います。)自分が住んでいる環境と比べると雲泥の差で、建築家はなんて居心地が良く気持ち良さそうな場を創ることができる職業なのかと思いました。建築を始めたばかりの初心者にとって建築家ってとても格調高くスタイリッシュに見え、自分も早くこんな場が創れる建築家になりたいと感じたのを覚えています。当時はまだ建築家という職業、特に住宅を建築家が設計するということが一般的ではありませんでした。東京工業大学の教授をされておりコマーシャル出演に対して当時は、学内ではかなりの批判があったようですが、建築家という職業を広く世間に広めた効果がありました。
その清家先生が大学3年の時に芸大に戻ってこられました。そこで直接先生から教わるのですが、授業で印象に残っているのが"間"です。「寝る間もない」(寝る時間がない)「間が悪い」「間抜け」「間に合う」などの言葉があるように、間は柱、梁によりつくられるフレキシブルな空間を表すとともに、そこでの生活の時間の流れを表していて、とても日本的な空間を表現しているということを、駄洒落を交えながらユーモアたっぷりに話されていました。我々若い者に、住まい=建築は形を創り、創った時点で建築は終わるのではなく、時間と共に空間も変化し生き続けるべきだということを伝えたかったのだと思います。

生きられる住まい=生活に追従し使い続ける住まい
「架構」と「舖設(設え)」

清家先生は『「すまい」一考』(現代日本建築家全集16清家清)の中で「住宅が家族を収容する場であるとすれば、家族形態の変化が同時に住宅の改革をもたらすことは当然である。」と述べています。これは住まいが生活する人のための器であるため、生活者のライフスタイルの変化や、ライフステージの変化に追従する機能を持っているべきであるということです。また、「和風のすまいかたのなかには、こうした無限定の空間に舖設-機能的な設営をすることで、現代的な意味での機能主義的なしつらえができるという伝統的な方法である。これは季節に合わせて、すだれを釣るとか、ルームクーラーをつけるとかというようなしつらえまで含んで、これこそ機能主義的な方法である。」と述べています。日本の住まいの空間は、例えば茶の間という場がありますが、この場は建具や家具などの設えで、仕事の場、くつろぎの場、食事の場、そして、寝る場というように限定しない空間としてフレキシブルに使用され、生活に柔軟に対応してきた素晴らしい空間だということです。
このような住まいを実現するために、「森博士の家」1951年、「斎藤助教授の家」1952年、「宮城教授の家」そして、自邸である「私の家」1954年に代表される清家先生の住まいは、「架構」=スケルトンと「舖設(設え)」=建具、家具、衝立、屏風、設備"気候"を意識的に分離して計画されています。日本の住まいの空間を構成する柱、梁の軸組と建具によるフレキブルな空間をもとにして、現在では当たり前に計画されている、SI(スケルトンインフィル)に近い思想でつくられていたのには、改めて驚かされます。清家先生は、戦時中海軍機関学校の教官であったころ多くの戦闘機の格納庫を設計されたそうです。格納庫は大扉以外の設えはなくほぼスケルトンの「架構」のみでできた建築です。ここにもこの考え方のもとがあったのかもしれません。戦後一般に建てられた小さな住宅の多くは、生活様式や、設備技術等の変化により、建替えられています。しかし、清家先生の住まいは、「舖設(設え)」により自在に変化する場が、生活の変化を受け止め、使い続けられる住まいとして生き続けています。
それを可能にする「舖設(設え)」の代表が「間戸=窓」です。「間戸」とは清家先生曰く「マドというのもその語源は間戸であって、柱と柱の間のマにつけた戸という意味である。」です。次回はこの「間戸=窓」を中心に話をしていきたいと思います。

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堀 啓二(ほり・けいじ)共立女子大学家政学部 建築・デザイン学科教授/建築家
共立女子大学家政学部 建築・デザイン学科教授 / 建築家堀 啓二(ほり・けいじ)

1982 年東京芸術大学美術学部美術研究科建築専攻修了。1983-85 年有限会社デザインリーグ勤務。1989 年株式会社 山本・堀アーキテクツ設立。2000-02 年 明治大学工学部建築 科非常勤講師。2000-04 年 工学院大学建築学科非常勤講師。2004 年 共立女子大学家政学部生活美術学科建築専攻助教授。 2010 年 共立女子大学家政学部建築・デザイン学科教授

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